J.LEAGUE PRO-FOOTBALLERS ASSOCIATION-有限責任中間法人 Jリーグ選手協会-

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「調子ノリ世代」「悪ガキジャパン」――それが彼らに着いた愛称である。スピード感あふれるゲーム展開、チームワークの良さ、吹っ切れ加減、新鮮さ、爽やかさ。サッカーファンに強烈なイメージを印象づけた2007年のU-20代表選手たち。そんな彼らが感じた自分たちをリレー形式でインタビューした。
― 今までインドでのアジア最終予選がキーポイントになったのではないか、という話題が今まで出たんですけど、みなさんはインドをどう感じていますか?

福元 うーん、できれば、もう行きたくないです。(笑)

森重 一番、最初に行った時はやばくなかった? もう、あかん、むりだって。

福元 感じた。人もいっぱいいたし。すごかった。

― 梅崎選手がかなり体調を崩したという報道があった記憶があります。

梅崎 下痢、しましたね。もう死ぬかと思いましたよー。(笑)本当にハンパじゃなかったです。全然止まらないし。それなのに試合に出ていましたもん。韓国戦も、前日に38度くらいの熱があったのに、頑張って出場して。それで勝ったから、翌日も試合。それでまた寝て…。

― それじゃあ、痩せたよね。

梅崎 4kgくらい痩せていましたね。

福元 俺、1回も下痢しなかったですよ。

― 田中選手に続く鉄人ですね。

福元 あと槙野もしなかった。

梅崎 雰囲気的にしなさそうだよな。(笑)俺は本当にやばかったですよ。

― 食事? 水?

梅崎 なんですかねえ?

森重 気持ちっすよ!(笑)

梅崎 ええっ?(笑)。

― 環境が厳しいと結束感が生まれるようです。

梅崎 確かに。やっぱりみんなでまとまらないとダメだという雰囲気にはなりました。

福元 一次予選でもそうでしたし、その前の試合でもなかなか勝ちきれなかったので、マスコミの人たちからは、「大丈夫か?お前ら」って騒がれていたんです。そういう報道があったからかえってまとまって、すごくいいチームになっていったと思います。

梅崎 うん。

福元 みんなで苦しいところを経験したというか。そういう意識の中でのチームワークがありました。

― 吉田監督が放任してくれたのでよかったと評判が高かったのですが。

梅崎 厳しくやる時はやるけど、選手にある程度任せてくれるような。

福元 選手が要望を出すと通してくれるよね。

― ファミリー的なムードがあった。

梅崎 そうですね。監督って感じじゃなかったですよね。いじられていたもん。

福元 シュート練習で、ヤッコさんが出したパスがちょっと悪くて入らないと「いやあ、監督のパスが悪いんですよね」なんて言っていたからね。

一同 わはは!

森重 いい落ししたら「ナイス、ヤッコ!」(笑)

福元 監督は俺らのことが好きだったからね。散歩とかに行くとアメリカンチェリーを買ってきてくれて、夕食の時に出してくれたりして。

― 森保コーチがボランチ的に効いていたそうです。

福元 お兄さん的で。ヤッコさんがいて。森保さんがいて。バランスが良かったんですよね。

森重 森保さんは、僕らサブの選手のモチベーションを上げる面で助けてくれたんです。やっぱり、僕らはどうしてもモチベーションが下がる時があるじゃないですか。そういう時に頑張ろうって言ってくれるんです。だから俺は森保さんがいてくれて良かったって思っています。

福元 イジられタイプなんですけど、練習はしっかりやらないと怒りましたからね。みんなはそこの切り替えはわかっていたと思いますから、練習にメリハリはありました。

― アジア最終予選から本大会まで数カ月あって、みなさんはいろいろな経験をされました。

梅崎 僕はこの期間がすごくいい期間になりました。世界を少しの間でも見れた。だからカナダでもやれた。そんなイメージはあります。

福元 ワールドユースが見えて、そこまでに成長するために試合に出たいという気持ちが強くあり、それが大きなモチベーションとなってやれていた部分もありました。

森重 トゥーロン国際があったじゃないですか。僕にはあれがすごく刺激になって。僕らサブメンバーで戦ったのがフランス戦で、ボロボロに負けてしまって。それで日本に帰ってきた時に、「俺らが出たから負けたんだ」という気持ちがみんなにあって。その気持ちがあったから、ナイジェリア戦で「絶対に負けられない」という気持ちが強かったんです。サブが入るとチーム力が落ちるって言われたくなかった。それがあの結果に出たんじゃないかと思っています。

― そんな中、強豪としてマークしていたスコットランド戦で快勝しました。その準備はどうだったんですか?

梅崎 カナダには試合の1週間くらい前に入ったんですが、みんな士気が高かったんです。早く試合がしたい、試合がしたい…という気持ちが強くあって。そんな中で始まった大会だったので、純粋に大会を楽しもうという気持ちが強かった。それが初戦に現れたんじゃないでしょうか。それでチームとしての自信がついたんだと思います。あの勝利で「やれる!」という実感がすごく生まれたんです。

福元 相手は身体が大きかったですけど、トゥーロンで、自分たちのサッカーは通用するんだという手ごたえを、ある程度つかめたんですね。それからも、みんなで自分たちがやりたいサッカーの意見を出しあっていったんです。スコットランドは前評判高かったんですけど、やってみたらいいサッカーが出来た。これはトゥーロンで自信がついたということが大きかったんじゃないかと思います。

森重 行く前にビデオとか見ても、みんなそんなに驚いていなかったしね。みんないけるんじゃないかって思っていたんじゃないかって思うけど。

梅崎 ビデオを見る限りだと「行けるな」と思ったよね。

― 勝てそうだなって?

森重 そこで油断とかはなかったですけどね。自分たちがちゃんとやればできるんじゃないかなって。Jで出ていた選手もいっぱいいたし。すごくみんな自信満々で大会に臨めたんじゃないかなって思います。自分たちがやりたいサッカーをみんなが理解していたし。たとえば、我慢する時間帯で失点しなければ、いい流れになるとか。みんな自分たちのサッカーを理解して、それを出せたんじゃないかなって思います。


※このインタビューは2007年に行われました。



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梅崎司   
Tsukasa UMESAKI
ポジション: MF
生年月日:1987/02/23
身長/体重:167/64

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