― イングランドの話が出ましたが、ヨーロッパのレフェリーの方たちの中で、よく試合中にコミュニケーションを取っている方が見受けられます。日本のレフェリーの方はそういう行為が少ないように感じるんですが。
小幡 そうですね。私たちも取りたいと思っています。できるだけ予防したいんです。防止はしたいんです。ファウルをさせたくないし、カードは出したくないし、できれば11人対11人で終わりたいですからね。ただ、選手側の協力も必要なんですよ。
― ただ、その際に高い目線から話をしてくるレフェリーがいるという声もよく聞きます。
小幡 それは直さないといけない反省課題だと思います。同じ仲間であり、同じフィールドに立っている、共通のサッカー愛好者なんですよね。それをレフェリーの権威で押さえ付けようとしたり、レフェリーの権限だけで従わせようとすることは良くない。それはいつも思っていますし、そういうことがないようにやっています。ただ難しいのは、権威は保たれないといけないのです。例えばレフェリーの判定に執拗に異議を示したり、触ってくるのはどうしてもいけません。そういう権威は保たれないといけないけど、コミュニケーションの中で、「俺のほうがおまえより年上だ」とか、「俺が笛吹いてるんだから、おまえは従え」と、そういう言い方は良くないです。それはレフェリーのパーソナリティーの問題です。権威を振りかざさないで競技規則を施行するというのは非常に大事なことなんです。決して上から何かをしてやるということじゃなくて、レフェリーは誰でも、同じ仲間としていいゲームを作っていこうよという意識は持ってるはずです。
― 話は変わって、素朴な疑問なんですが、オフサイドを100%判断するというのは、これだけスピードが速いと人間の力では限界がありますよね。
小幡 そうですね。だから実践的なトレーニングをします。今もやっていますけど、ボールがここら辺から出ます、こことここで入れ違いをします、ボールはこう出ました。ボールの出どころと守備側のラインの両方を見なきゃいけない。そういうトレーニングをしています。でも100%とは言えません。ましてや、自分のサイドの遠くから蹴られたときは難しいんです。さらに1列目、2列目があって、飛び出してきたりすると判断が加わってきてかなり難しい。でも、繰り返し、ビデオや実践でそういうトレーニングもしています。
― 実際選手に、そういう審判のトレーニングを体験させるのもいいですよね。
小幡 以前選手だった人が今コーチをしているんですよね。「いやー、紅白戦を吹くのは難しいですよ」なんておっしゃるんです。確かにそのとおりなんです。やってみないと分からないんです。
― 特にオフサイドの判定とか。
小幡 難しいですよ。この前も研修会でやったんですけど、守備側と攻撃側の選手がすれ違うタイミングでボールを出して、オフサイドかどうかを判定し、それをビデオで撮っておくんです。それを後で検証をするんですね。ごく初歩的な判定ですが、ボールや選手のスピードが上がればやっぱり100%完璧というのは難しい。せいぜい70%ぐらい。こんなレベルでも70%ですから、ゲームの中であればもっと難しいですよね。逆にいえば、サッカーはそういうスポーツなんです。小学生ぐらいでは、どっちか分からない程度ではオフサイドとは見なさなくていいのでは?キーパーと一対一になるチャンス、シュートを決めるチャンスをつくれば、それがトレーニングになるわけですからね。まあ、保護者は外から見て、「オフサイド!オフサイド!」と言いますけど。もっと言えば、Jの選手だってどちらか判断つかないケースはいっぱいあるわけです。笛が鳴るまでプレーを続けるしかないんですよ。手を挙げて「オフサイド」なんて言っている場合じゃなくて、すぐにボールを追い掛けるしかないんです。それを「オフサイドだ。レフェリー、おーい」と言っていたのでは次はありません。プレーは続いて、点が取られるか取るかの瀬戸際なのですからね。判定というのはある意味、笛を吹かれたらしょうがないんです。バスケットボールなんかもそうですよね。レフェリーが見たままを見たとおりに笛を吹いているんです。あの狭いところで5人対5人、10人が細かく動き回りながら、ポジション取りをしてるわけですから、判定はある意味で機械的なんです。「そんな意図はない」と言ったって、触れているという事実で、そう見えたという事実で吹かれるんではないでしょうか。スポーツというのは、そういうものだと思うんです。判定を正しいとか正しくないで判断しすぎているのではないでしょうか。レフェリーが笛を吹かないかぎりゴールを目指さなくては。別にレフェリーの擁護をするわけではなく、スポーツというのはそういうものだと思うんです。委ねているわけですからね。だからこそ、レフェリーもその責任を重く感じないといけませんが。
― レフェリーも間違うことがあるということは、選手もよく理解していると思いますが、ブレてしまった時は困惑します。
小幡 説得力のあるレフェリーは、多少のミスを納得させられるんですね。例えばポジションが良かったとか、笛の吹き方が良かったとか、「ノー」というタイミングが良かったとか、あるいはそれまでの判定がしっかりしていたとか。それだと選手の方々は文句を言いません。ところが判定がいろいろふらつくと、「えー? なぜ? どうしてだ?」というふうになるわけです。当然そうです。それはその判定一つだけじゃなくて、最初からの積み重ねの問題があるわけです。そこでいくらコミュニケーションを取ろうとしても間に合いませんね。だから、まず私たちは正しい判定をする。そしてコミュニケーションを取る。プロのゲームで重要なのは、全体を見てゲームの流れを読むというシチュエーションマネジメントであり、選手との対話を含めたマンマネジメントであることは確かです。私たちが注視しているのは、ジャッジメント、ポジショニング、マンマネジメント、シチュエーションマネジメント、この4つです。この4つをしっかりやろうと取り組んでいるのです。
― 試合を止めるというのもありますよね。
小幡 先日、浦和レッズのオジェック監督も話していました。アタッカーがゴール付近でドリブルしてシュートが外れた。勢いあまったアタッカーが倒れている。すぐゴールキックが始まったんですが、すると同じチームのディフェンスが「おーい、倒れているままだよ」と手を挙げてゲームを止めることを要求するんです。相手側はしょうがないからボールをポーンと出しちゃう。先のほどのアタッカーはファウルもされてなければ、大きな怪我もしていない。ただシュートが外れて嘆いているだけ。こういうことがヨーロッパでも多いというんです。外へ運び出さないといけないほどの怪我でもない。レフェリーは続けたいけど、選手や観客が言うものだから試合を止めてしまう。こういうことが数多く行われているとオジェック監督は言っていました。
― レフェリーが止めない以外は続けるというルールが決まっていましたよね。
小幡 決まっています。でも、いつの間にかまたもとに戻っています。これは観客の方々にも原因がありますよね。本当は倒れている選手にブーイングをしてほしいんです。ところがボールを出さない選手にブーイングするわけです。例えホームチームの身びいきであったとしても、それはサッカーじゃありませんよね。それを理解する観客であってほしいと願っています。
― まだ僕たちもそこまで追いついていないのかもしれません。
小幡 間違ったフェアプレーというのは多いんです。どんな状況でも味方の選手が倒れていたらボールをポーンと出しちゃう。本当にそれでプレーが続けられないのと言ったら、すくっと立ち上がって走り出したりするわけです。
― それではさっきの話じゃないけど、いつまでたっても「ささいな接触」による笛がなくなりませんね。
小幡 私の経験では、海外の選手は、担架で運ばれるということは大きな恥なんですね。絶対担架は呼びません。痛かったら自分で這ってでも出ます。日本の選手は、担架にのるということが恥ずかしいことだという意識が薄いような気がするのですが、どうでしょうか?
― 「担架で運ばれるのは恥だよな」ということは一般にも届いていません。
小幡 メディアの方に意識して伝えていって欲しいと思うんですよね。さっきのフェアプレーもそうですけど。でないと、選手はやっぱり甘えちゃうのでは?選手は観客で育てられるんです。レフェリーもそうです。間違った判定にブーイングされたり、いい判定に拍手をもらえると分かるんです。そういう意味で観客の方々の力は大きいです。観客の方々にもサッカーをよく理解してもらって、選手やレフェリーを育てていって欲しいと思います。
― いいお話を聞けました。ありがとうございます。また、意見交換をさせてください。
小幡 こちらこそ、是非、お願いします。
【取材・構成】 SHAPE 豊田 英夫 |